akon2.00βのよっぱらいの戯言

色しょく是食、食しょく是色

オープンソースであること

これ自体が業界を二極化に向かわせる。O社の製品を納品するとする。「O社ってサポートが悪いって聞いているけど大丈夫?」と聞かれても、オープンソースならば「弊社(もしくはA社)が責任に持ってサポートできます」といえる。オープンソースでないとO社に対して「会社が存続しない場合などうんぬんな際にはソースコードを開示する」みたいな契約(遺書)を結ばないとならない場合がある(こんな契約をしても実際に使えるソースコードを残してくれるかどうかわからないのでソースコード供託会社という企画したのだが受けなかった。ソースが読める技術者がないというのが理由でした。Unixといえばカーネルを読まなければならなかった世代からするとソースコードを読むって飯を食うのと同じぐらいで意識していなかったのですが、最近はソースが読めるとすごいことらしい。良い時代だ。インスペクションできないジャン)。この場合は、弊社とA社は並列(競争は生まれにくい)だが、サポートができるとなるとできる会社が当然有利になる。ここで競争が生まれる。ある意味で、オープンソースは生前贈与みたいなもので行状に問題があれば教育的指導ができ、開発元に問題が生じてもすでに伝承済みだから被害は少ない。ゲオの株価が下落したのは記憶に新しい。