akon2.00βのよっぱらいの戯言

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「日本だけが、建国以来ずっと日本だ」という誤解。

不正確な年表をもとに、『「日本」だけが、建国以来ずっと日本でい続けています。』という記事が定期的?にシェアされし続けられているが、これはなにかのプロパガンダなのか。
こうゆうのはどうしたらいいんだろう。
もとのtwitterへのコメントには、ちゃんと指摘されているが、これが皇国史観だと気がつかない教育が行われていることが怖い。
もちろん、僕は歴史学者ではないので、真実はわからないし、エビもつける気はないので、これはただの感想文。
なお、不正確な年表をここで掲載して拡散する気はない。

まず、土地ベースで国について議論すると遊牧民族、山間民族の存在があいまいになる(別段、騎馬民族説を肯定しているわけではない)。
年表での建国とは、大和朝廷の建国という意味で、日本列島全体を指しているわけではない。年表での建国は、神武が近畿にいた先住民を滅ぼしたという東征の故事をさしている。
神武が実存したとして、さらに東征が実際にあったとして、どこから東征して、どこまでの覇権をにぎったのか。まつろわぬ民の討伐を何度も行っているところから、東日本すべてを覇権におさせていたとはいいがたい。つまり、東日本以北にあったはずの国について年表はふれていない。琉球王朝についても触れられていない。


つぎに、神武が「降臨」するまえに、日本列島には誰も住んでいなかったのか。確かに原人の骨は見つかっていないので、お猿から進化した祖先はいなかったようである。
秋田氏は東征以前の旧家だと主張して、明治政府はこれを否定していない。
http://fujisakipr.blog136.fc2.com/blog-entry-238.html
つまり、神武が東征する前から人々は暮らしていた。百余の国があって、邪馬台国など三つの国に収斂していたようだが、これらの国についての記述が年表にない。金印の真偽は、おいておいても、「漢委奴國王」印や、卑弥呼の「親魏倭王」の金印がある以上、これらの国があった可能性がある。

最後に倭の国が年表にない。
倭とは、中国からつけられた蔑称であり、国内では使われなかったという説もあるが、外国に対して「日本」と名乗った記録が残っているのは、645年、新羅など三韓の使者に対して使用したのが初めてらしい。明治時代に「大日本帝国」と名乗っている。戦後は、日本国に統一された(「国号を日本国とする」と規定した法律はない)。
つまり、「日本」と名乗るまでに使われたはずの国名が年表には記述されていない。邪馬台国など不明なため、倭と日本の連続性が明らかになっていない。
で、倭人はどこに住んでいたのか。つまり、倭の覇権範囲はどこまでだったのか。これに、加耶という国の存在もからみ、『「日本」だけが、建国以来ずっと日本でい続けています。』とは、単純にはいえない。