中国と共存しょうとしていた犬養毅は二・二六事件で凶弾に倒れ、その反乱軍が鎮圧されたことで、東條が軍の主導権を握り、内大臣の木戸は強硬派の東條によって軍を押さえさせようとしたが、この新統制派が太平洋戦争を指導していった。
「話せばわかる」とはいっていない。
「話を聞こう」だった。
「話せばわかる」ならば、「何の話」かという対になる言葉が必要。
その話とは、張学良から金を受け取っていた話であるならば、「その話ならば、話せばわかるから」という展開になった可能性はある。
張学良から受け取った金は、日本軍に差し押さえられた張学良の父の遺品を捜索、返却輸送にかかる費用であった。孫文の辛亥革命を支援していた犬養毅はこのことも支援していた。
石原莞爾語録
・後の鳥が先になりえる
・東京裁判は犬を裁くのと同じだ
・中国には謝罪する必要がある
・天皇に責任を押し付けるのは自らの無責任を糊塗することだ
・米国の説く民主主義は軍政に過ぎない
・新しい憲法は将来を反映している
・東條には思想も意見もない。意見のないものとの間に対立があるわけがない。