akon2.00βのよっぱらいの戯言

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ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生

 

「100円でカルビーポテトチップスは買えますが、カルビーポテトチップスで100円は買えません」

 

ポテトチップス

薄切りしたジャガイモを油で揚げ、味付けしたもの

シューストリングポテト(ジャガイモをスティック状にカットして揚げたもの)は含めない。

ファブリケートポテト(成形ポテトチップス:ジャガイモを一度フレーク状にしてから、成形して油で揚げたもの)は含める。最初の成形ポテトチップスはP&Gのプリングルスアメリカでは裁判の結果、ポテトチップスと認められたが、イギリスではP&Gはビスケット類であると主張したが敗訴。日本ではヤマザキナビスコチップスターが最初。

 

ジャガイモ加工食品の7割以上はポテトチップス

日本人はジャガイモ料理はあまり食べないがジャガイモ原料のポテトチップスは年々食べる量が増えている

 

クラムが薄切りしたジャガイモを油で揚げた料理「サラトガ・チップス」を発明したことになっているが、1822年にイギリスで発行された料理本に載っているし、ムーンズ・レイク・ハウスで調理されていた。

クラムは有色人種だったので、当時のアメリカでは特許をとることができず、サラトガ・チップスはアメリカ各地に広がった。

 

日本で初めてポテトチップスを開発した濵田音四郎は普及させるために製造特許をとらなかった。また、湖池屋の小池和夫は独力で開発した。

 

1950年アメリカンポテトチップ社「フラ印アメリカンポテトチップ」。アメリカンポテトチップ社はその後、解散。「フラ印」のブランドは株式会社ソシオ工房(カルビーの100%子会社)に売却。製造は親会社であるカルビーに委託。

1962年湖池屋湖池屋ポテトチップス のり塩

1975年カルビーカルビーポテトチップス うすしお味」

1976年ヤマザキナビスコチップスター

1978年「カルビーポテトチップス コンソメパンチ」

1983年カルビー「ルイジアンナ」

1984湖池屋「カラムーチョ」

1986年湖池屋「カラムーチョチップス」

1987年山芳製菓わさビーフ

1992年カルビー「ピザポテト」

1993年カルビー「堅あげポテト」

1994年P&G「プリングルズ

2017年湖池屋プライドポテト」→三度揚げ

2015年菊水堂「できたてポテトチップ」→ジャガイモ、油、塩だけ。

できたてポテトチップの菊水堂

 

濵田音四郎
外航船の船員になり、ハワイでポテトチップスの製造の携わった経験があり、太平洋戦争中には日系人収容所に入れられていたが帰国した。米軍のキャンプに納品、帝国ホテルに納める外、各地のビヤホールなどを回った。

 

カルビー

・海老煎餅→ジャガイモデンプン+エビ

かっぱえびせん→小麦+エビ

・サッポロポテト→小麦+ジャガイモ

・ポテトチップス→ジャガイモ

 

アメリカではディップをつけて食べる。

プリングルスの上陸とともに「サワークリーム&オニオン

 

ポテトチップスと牛乳

ポテチピラフ

 

うまみカルテット→人工的に精製されたものだから、腹いっぱい食べてしまう説

「うま味調味料」
「白砂糖」
食用油
「食塩」

 

湖池屋はジャガイモ本来の味を引き出そうとするナチュラル志向

カルビーフレバーの多様性と新製品投入のスピード

 

世界のポテトチップスは鍋揚げ(釜揚げ)

・イギリス ティレル

・スペイン トーレス

アメリカ ケトルフーズ

・韓国 ハニーバターチップ(カルビー)