akon2.00βのよっぱらいの戯言

色しょく是食、食しょく是色

ほんの200年前はイギリス人もクジラを捕っていた

1824/3/28、北茨城市大津の富岡海岸に英国捕鯨船が上陸したという史実があります。つまり、あのあたりのクジラは彼らが捕りつくしたのです。しかも、主に油を採取し肉はほとんど捨ていた。これは当時、マッコウクジラを対象にしたため、ワックス分のために下痢をするという代物であったため、肉は捨てていた。で、彼らが操業するにあたって、薪水を日本で、補給するために日米和親条約の締結を迫った。
中世ヨーロッパにおいてはビスケー湾などで組織的な捕鯨が行われ、鯨の舌が珍重されたほか、肉は広く沿岸民の食糧だった。しかし、沿岸鯨類資源の枯渇から沖合い、遠洋へと漁場が移動するにつれ、冷蔵冷凍技術がない当時においては持ち帰りが困難となり、徐々に食用とすることができなくなっていった。
さらに、ペンシルベニア州での油田発見による灯火用の鯨油需要減少や、北米西部でのゴールドラッシュに捕鯨労働者の多くが転向したことにより、アメリカにおける捕鯨は衰退に向かった。
なんか自分たちがとらなくなったからという、すごく自己中心的な理由で捕鯨禁止にしていないか。
なお、信仰上の理由から肉食が禁じられているときに、「魚」として鯨肉を食べていたらしい。
ちなみに、イルカは食用として好まれ、串焼きやプディング、パイなどに用いら、脳みそのフライも食していたらしい。15世紀のイングランド家庭料理についての本にもイルカ料理が登場する。イングランドの宮廷では17世紀頃までイルカの鯨肉が供されたらしい。