ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)は、「Poly: 多重の」と、自律神経の一つである「Vagal: 迷走神経」が組み合わさった言葉で、「多重迷走神経理論」と呼ばれることもある。
ポリヴェーガル理論では、脳幹から臓器への運動経路と、臓器からのフィードバックの両方の働きを強調するときは「神経回路」、脳幹から臓器への遠心性運動経路の働きを強調するときは「神経経路」という。
「安全である」と感じることは生理学的な状態に依存している。
「安全である」という合図は自律神経系を穏やかにする。
人間の神経系はストレスに対抗し自己防衛するには交感神経による「闘争/逃走」以外に、「不動」「シャットダウン」「解離」という防御システムが発動する。
この反応には以下の副交感神経(迷走神経)が関与している。
①有髄性の迷走神経:主に横隔膜より上の臓器の制御
②無髄性の迷走神経:主に横隔膜より下の臓器の制御
自律神経系は無髄迷走神経⇒交感神経⇒有髄迷走神経の順に生まれ、これらは進化の順番に沿ったヒエラルキーを形成し、新しい回路が古い回路を抑制するようにできてい。
つまり、「安全」な状態の時には有髄迷走神経が働き、何かことが起こると、交感神経がそれに取って代わり、闘争/逃走反応(可動化)で身体を防衛し、それができない様な状態に陥ると、無髄迷走神経が働き、シャットダウン(凍り付き現象,不動化)で、最終的に身を守るように身体はできている。
ヒトの自律神経系
・背側迷走神経複合体→太古の魚類に備わっていた
・交感神経系→硬骨魚の時代に現れた
・腹側迷走神経複合体→哺乳類のみに見られる新しい迷走神経で、「腹側迷走神経複合体」は、豊かな表情を作ったり、声のトーンを調整して自分の気持ちを伝えたり、相手からの友好の合図を受け取ったりなどの、人と人とがおだやかにつながり、交流するために欠かせない働きを担っている。「交感神経系」は、主に活動するときに使われ、危機に瀕すると「戦うか・逃げるか」を選択する。「背側迷走神経複合体」は消化吸収や睡眠などを司っているが、生命の危機に瀕すると、「凍りつき反応」を引き起こす。「凍りつき」の状態では、思うように身体が動かなくなり、呼吸や心拍が遅くなり、いわゆる温存モードに入る。この、戦うことも逃げることもできず、凍りついている状態にあるのがトラウマを抱える人とされる。
「腹側迷走神経複合体」が健全に機能している人は他者から非友好的な態度を取られても、社会的交流を心がけることができ、容易に交感神経系に乗っ取られて闘争・逃走反応に走ることはめったにない。「腹側迷走神経複合体」がバランスよく働いているときは、「背側迷走神経複合体」もよく機能しているので、胃腸をはじめ、全身状態が良好である。また、脳にも十分な血流がいきわたり、明快な思考、的確な状況判断などが行える。こうした自律神経系の働きが乱れると、臓器が調整不全に陥り、思考も乱され感情も荒廃する。
「心」と「身体」が切り離されている存在ではなく、自律神経系を通して全体として機能している。脳こそが生命および精神的な活動の司令塔だと思っている節があるが、むしろ身体からの信号が私たちの思考や自己像、世界観に多大な影響を持つ。
有機的なつながりを求めて
他者とつながることで自律神経系が健やかに機能する。他者とのつながりを促進する「人とつながる迷走神経」が健全に機能しているとき、人々は「安全である」という友好の合図を送り合い、絆を感じることで神経系のレベルで癒され、よりおのずと心身の健康も増進される。
ニューロンセプション
意識せずに行う知覚
音楽はいかに親密性を促進するか
旋律によって神経的な反応が起き、生理的状態が安全であると認識する。
第六感と内受容感覚
内受容感覚→内臓から脳へのフィードバック
迷走神経緊張と情動
・顔と頭の横紋筋の制御、声の抑揚、おやび迷走神経による心臓の制御がすべて関連し合っている
・交感神経系に深くかかわっており、「可動化」と生理学的状態との相互作用を反映している。
ヴェーガル・ブレーキ
迷走神経は、脳から内臓器官に向かう遠心性線維(運動線維)と、内臓器官から脳幹に入ってくる求心性線維(感覚繊維)の束が詰まっている導管
この迷走神経を構成している線維の約80%が脳幹の孤束核に終わる①感覚線維で占められている。残りの約20%が②運動線維で、その6分の1が③有髄線維であり、脳幹の疑核から始まり横隔膜より上の心臓などの臓器に分布している(横隔膜上迷走神経)。
迷走神経はこの三種類の神経線維から成り立ち、その時々の状況に合わせてどのような反応をするのか身体が無意識に判断している。この中でも有髄の腹側迷走神経は心拍数の制御においてヴェーガル・ブレーキとして重要な働きをしている。
心臓は洞房結節というペースメーカーにより1分間に約90回の自発的な収縮を繰り返しています。安静時心拍数が1分間に約60回というのは、有髄の迷走神経によるヴェーガル・ブレーキが心拍数を20~30回減らしていることによる。
目次
序文
なぜこの本は対話形式で書かれているのか?
なぜ安全を求めるということに焦点を当てているのか?
第1章 「安全である」と感じることの神経生物学
●考えること・感じること:脳と身体について
●正当な科学的論題としての「感じること」に関する研究
●心理生理学研究と心拍変動
●心拍変動を調整する神経的作用機序
●心拍数を制御する迷走神経の計測方法の開発
●生理学的状態の計測と「刺激/反応モデル」の統合
●仲介変数の探求
●安全と生理学的状態
●「安全であること」の役割と、生き残るために必要な「安全である」という合図
●社会的交流と安全
●結論
第2章 ポリヴェーガル理論とトラウマの治療
●トラウマと神経系
●トラウマと神経系
●「ポリヴェーガル理論」と「迷走神経パラドクス」
●ふたたび自律神経系について
●ニューロセプション:意識せずに行う知覚
●PTSDを起こす引き金
●社会交流システムと愛着の役割
●自閉症とトラウマの共通点は何か?
●自閉症の治療
●LPP―リスニング・プロジェクト・プロトコル:理論と治療
●音楽はいかに親密性を促進する:「安全である」という合図
第3章 自己調整と社会交流システム
●心拍変動と自己調整:どう関係しているか?
●「ポリヴェーガル理論」を構成する原理
●安心を感じるためにどのような他者を利用しているのか
●私たちが世界に反応する方法に影響を与える三つのシステム
●迷走神経パラドクス
●迷走神経:運動経路と感覚経路の導管
●トラウマと社会的交流の関係
●いかにして音楽が迷走神経による調整を促す「合図」となるか
●社会交流の信号:迷走神経の自己調節と「合図がわからない状態」
●神経による調整を回復させる
●愛着理論は適応機能とどう関係するか?
●生理学的にもっと安全な病院を作ること
第4章 トラウマが脳、身体および行動に及ぼす影響
●「ポリヴェーガル理論」の原点
●「植物性迷走神経」と「機敏な迷走神経」
●複数の神経経路の群としての迷走神経
●迷走神経と心肺機能
●第六感と内受容感覚
●迷走神経緊張はいかに情動と関係しているか
●ヴェーガル・ブレーキ
●ニューロセプションはどのように機能するか:「脅かされた」と感じるか、「安全である」と感じるか
●ニューロセプション:脅威と安全への反応
●新奇な出来事:哺乳類と爬虫類の反応の違い
●神経エクササイズとしての「あそび」
●迷走神経と解雇
●単一試行学習
第5章 安全の合図、健康および「ポリヴェーガル理論」
●迷走神経と「ポリヴェーガル理論」
●心と身体のつながりがどのように病状に影響を与えるか
●トラウマ、そして信頼への裏切り
●ニューロセプションの働き
●不確実性と生物学的な必要要件としての絆
●「ポリヴェーガル理論」:トラウマと愛着
●なぜ歌うことと聴くことで落ち着くのか
●社会交流システム系を活性化させるエクササイズ
●今後のトラウマ治療
第6章 トラウマ・セラピーの今後 ポリヴェーガル的な視点から
第7章 心理療法に関するソマティックな視点
謝辞
序文
なぜこの本は対話形式で書かれているのか?
・数年にわたり、多くの臨床家から高度に専門的な内容を分かりやすい本にまとめることを求められてきた。
・インタビュー形式にすることにより、臨床応用のための情報に絞り、のびのびと肩ひじを張らない表現で本にまとめることができた。
・本書の巻末には、ポリヴェーガル理論を理解するための基本的な用語や考え方を解説する「用語解説」を付けた。
-用語解説:愛着、あそび、安全、安全(治療的状況における)。韻律・プロソディ、ヴェーガル・ブレーキ(迷走神経ブレーキ)、歌う、遠心性神経、横隔膜下迷走神経、横隔膜上迷走神経、オキシトシン、解体、解離、疑核、聴く、擬死/シャットダウン、求心性神経、境界性パーソナリティ障碍、協働調整、系統発生学、系統発生学的に秩序づけられたヒエラルキー、交感神経、恒常性・ホメオスタシス、呼吸性洞性不整脈(RSA)、孤束核、サイバネティクス、自己調整、自閉症、社会交流システム、植物性迷走神経(「背側迷走神経複合体」)、自律神経系(既存の考え方)、自律神経系(「ポリヴェーガル理論」の視点における)、自律神経の状態、自律神経バランス、神経エクササイズ、神経的期待、身体運動、心拍変動、生物学的な必須要件、生物学的非礼、生理学的状態、単一試行学習、中耳筋、中耳の伝達関数、腸神経系、つながり、適応的な行動、闘争/逃走反応、特殊体腔内器官遠心性経路、内受容感覚、内臓運動神経、ニューロセプション、脳神経、背側迷走神経複合体、PTSD(心的外傷後ストレス障碍)、不安、副交感神経、味覚嫌悪、迷走神経、迷走神経の緊張状態、迷走神経の求心性線維、迷走神経パラドクス、ヨガと社会交流システム、抑うつ症、リスニング・プロジェクト・プロトコル(LPP)