akon2.00βのよっぱらいの戯言

色しょく是食、食しょく是色

ねこまんまについて調べてみた。

東日本では飯に鰹節をかけたもの、西日本では汁をかけた飯をねこまんまと呼ぶらしい。番外編として、北海道では醤油にバターらしい。
中谷さんのいうところの、

お椀の中にご飯を入れるオジヤという料理となり、お椀いいけど、茶碗のいけないところは,ご飯のお茶碗の中に,お味噌汁を入れるからだと思います.

でも、なんで、行儀悪いのか理解できなかった。おそらく、ご飯茶碗は原則として直接口をつけるものではないけど、汁椀は口を付けてよいということをいいたかったのでしょう。
古来、日本人は、たたみに座り、ちゃぶ台を置き、それに食器を置き、箸を使う。したがって、食器を手で持ち上げて食べていた。ちなみに、持ち上げないと、犬食いといわれ、行儀が悪いとされた。うちでは、持ち上げられないときは左手を添えろ、ちゃぶ台に肘つくな等々いろいろ細かいことを言われた。で、箸を使うから汁ものは器に直接口をつけないと飲めない。ここまではよい。なぜか、お茶碗に直接口を付けてご飯をすすり込むと、行儀が悪いといわれる。だから、ご飯に汁をかけると、茶碗に口を付けてご飯をすすり込むことになるので、ご飯に汁をかけるのは行儀が悪いということになったのではないかと思う。我が家では、卵かけご飯は許されだが、超例外の最後の一ススリまでは、箸で食べなければならなかった。が、箸で食べればよいのであったら、別段、ねこまんまも箸で食べきれるので、問題ないはず。さらにいえば、箸にこだわらず、レンゲで食べれば、行儀云々にはならないと思う。ちなみに、レンゲは正確には散蓮華で、中華料理で使われるが、和食でも茶碗蒸しなどに使われていることから、まんざら、不自然でもないと思う。
しかし、結局、お椀に口をつけてよくて、お茶碗に口をつけないという理由にはならない。
すると、こんな記事をみつけた。
汁かけご飯(その3) 「行儀悪い」は「大食いさせない」ため?

江戸時代は、武士も農民も貧困なるが故に大食を避けることが美徳とされて来ましたし、良くかんで食べるということも、健康法であると同時に、少量の食料で満足感を得る方策です。
 豊かさの上にその文化が成り立っているほかのアジア圏各国において、汁かけ飯が忌避されることがないのを見ても、これは日本の文化が生み出した独特の習慣ではないかと思います

しかし、

  • 戦国武将の逸話

北条氏康とその息子の氏政が食事をしていたとき、氏政が汁を一度、飯にかけたが、汁が少なかったのでもう一度汁をかけ足した。これを見た氏康が「毎日食事をしておきながら、飯にかける汁の量も量れんとは。北条家もわしの代で終わりか」と嘆息したというものです。<<<
つまり、戦国時代は、汁かけ飯は、タブーではなかった。

一方、

またお茶漬けを忌み嫌う習俗も存在する。かつての日本では、樵、牛方、馬方、マタギ、鉱山掘りなど、山中で危険な肉体労働に従事する者は「汁かけ飯」を極端に忌み嫌った。仕事に「味噌をつける」ことになり、縁起が悪いからという。さらに、トンネル掘削工事の作業員や職員、炭坑の坑夫なども、ご飯に茶や汁をかける「茶漬け」や「汁かけ飯」は縁起が悪いとして避けており、家族にも食べさせることを禁じている。茶や汁をかけたときにご飯が崩れる様が、切羽の崩落や山の落盤を想像させるからである。<<<
すごいニッチな世界なので、行儀が悪いと広まる根拠としては弱いと思う。むしろ、江戸時代の牢獄の食事作法(物相飯)というほうが、わかりやすいが、ぐぐっても裏はとれなかった。
このように推論していくと、千利休あたりがつくったマナーなんじゃないかと思えてきた。で、行儀の悪い秀吉に殺されたw
そもそも、卵かけご飯、とろろ汁、カレーをかけたご飯、サバ缶の汁、冷や汁ぼっかけ、そして、お茶漬けなどなど、市民権を得ているものはあるのに、ねこままんまだけが、非難されるのは不当だと思う。カレーをかけたご飯は、スプーンで食べるから別格か。

  • 番外編:韓国では「汁かけご飯」のほうが正統?

「マルダ」という単語は、「汁かけご飯にする」という意味らしい。ちなみに、「汁の器の中に御飯を入れる」らしい。韓国のご飯の容器は、金属製でかつ容量が小さく、そこに熱い汁を入れると容器を安定させるために添える指ですら熱くて火傷をするので、手で持ちあげない。さらに、スプーン文化なので、器にどちらかを投入してしまうのではなく、スプーンにご飯を適量取り、それを汁の中にちょっとひたして食べることもできる。