脳や意識に関する自説「神経細胞群選択説」(TNGS)の解説本。
神経ダーウィニズムともいう。
ジェイムズの意識の性質
①個人内にのみ生じる(主観的、私秘的)
②常に変化しながらも、連続している
③志向性をもつ(「~について」の意識である)
④対象のすべての面に向けられるわけではない
正常な意識のある人は、クオリア(暖かさ、痛みなど感じている特有の質感)を感じている。
意識のシーンやクオリアは、「脳のダイナミクス(動的な変化)」と「主体の経験」の結果として生じる。
物質である脳という構造物と、クオリアで彩られた体験という特性の間に、
「説明のギャップ」がある。
あるひとつのクオリアあるいはクオリアを感じている状態(主観的な意識体験)を
そのまま体験させてくれるような記述である必要はない。
脳をコンピューターと大きく異ならせているのは、「ノイズ」の処理。
コンピュータはノイズを嫌い、ノイズを打ち消すのに対し、脳はノイズを取り入れて、自分の一部にする。
神経ダーウィニズム
脳がノイズを排除するのではなく、ノイズに合わせて柔軟に変化するのは、環境に適応し、生き残るため。
目が見えなくても耳が聞こえなくても、あるいは慢性的なストレス環境に置かれたとしても、脳は生き残るために自らを環境に適応させる
脳は進化によって生じた。つまり、計画的に設計されたものではない。
つまり、ダーウィンの集団的思考(機能しうる構造や生物個体は同じ集団に属する多様な異変を抱えた個体がたがいの生存をかけた競争において淘汰選択される結果として出現する)に根差している。
脳をコンピュータやチューリングマシンになぞらえたモデルは教師(プログラムやアルゴリズム)が存在するという前提に基づいて成立しているのに対して、
集団的思考に基づいたモデルは、多様な要素からなる豊富なレパートリーの中から、
特定の要素が選択される。
※つまり、ディープラーニングは「構造を先に決めてしまっている」が、神経ダーウィニズムは、「脳の構造は、予想の能力によって決まる。選択と淘汰のメカニズムがデータに合わせて動いている。つまり、対象に合わせて、構造自体が変化するような柔軟なモデルを持っている」。ディープラーニングにはこれが欠けている。
神経細胞群選択説(TNGS)という淘汰選択の概念の原理
・発生選択→脳の微細構造にいろいろな回路からなる広いレパートリーが構成される
・経験選択→機能的神経回路の第二次レパートリーは、既存の神経構造の土台の上に、シナプス効率の選択的な増強と減弱によって形成される
・再入力
淘汰選択システム(進化、免疫系、神経系)の基本原理
・要素からなる集団内に多様性が生まれること
・別の集団もしくは環境と緊密な遭遇が可能であること
・多様なレポートリーの中から選択基準に適合した要素が選ばれ、特異的にその数を(進化では生存・繁殖を、神経系では影響力を)増殖・増幅すること。
脳の柔軟な可塑性を支えているしくみ
①再入力
わたしたちは、新しい知識を得るとき、これまで得た記憶と、今見ている情報とを瞬時に照合します。
たとえば新しい果物を見たら、これまでの果物の知識と、今見ている視覚情報と、手触りや味などの感覚情報と、そのほかのありとあらゆる情報とか一瞬のうちに照合され、同期されます。
その結果、新しい知識と今までの経験とが、互いに修正され、アップデートされ、統合され、独自の印象を生み出します。これが再入力による同期です。
エーデルマンは、この過程を、脳の各部で生じる神経細胞の発火の地図「マップ」が同期されると表現しています。
わたしたちのさまざまな記憶や感覚は、それぞれ独自の神経細胞群の発火によって生じています。それぞれ特有の地図「マップ」があるのです。
それぞれのマップは互いに双方向のフィードバックによって、絶えずリアルタイムに比較され、修正され、最適化されています。
新しい刺激や記憶は、常に一般化、カテゴリー化されて脳のマップが書き換えられます。
その結果、わたしたちは新しいことを学習したり、考えたりして、環境に即時に適応し、成長していくことができます。
②縮退
ある系において、構造の異なる複数の要素が同じ働きをする、あるいは同じ出力を生み出す能力である
ダイナミック・コア
脳において「私」という自己や意識の源となる構造
意識状態の特徴
【全体的な特徴】
1. ひとまとまり(単一)に統合されており、脳によって構成される。
2. 膨大な多様性をもち、次々と変化する。
3. 時間軸にそって順々に推移する。
4. さまざまな感覚属性の「結びつけ」を反映する。
5. 「ゲシュタルト現象」「充填現象」「閉合現象」など、構成的な性質を備えている。
【「情報としての意識」に関連した特徴】
1. 広範囲の内容に志向性を示す。
2. 連合性をもち、広範囲に感知できる。
3. 中心と辺縁がある。
4. 焦点的に集中した状態からゆるやかで拡散した状態まで、注意による調節を受ける。
【「主観としての意識」に関連した特徴】
1. 主観的感覚・クオリア・現象性・気分・快と不快を反映する。
2. 状況性(自分がどのような状況や位置にあるのか)に絶えず関与している。
3. 自分にとって慣れた状態かそうでないかの感情のもとになる。
こういった特徴を生み出すのが、再入力という機能を備えた複雑系であるダイナミック・コア。
目次
ヒトの心―ダーウィンのプログラムを完成させる
意識―想起される現在
脳を構成する要素
神経ダーウィニズム―脳の大局論に向けて
意識のメカニズム
脳は空よりも広い―クオリア、統合、複雑系
意識と因果作用―現象変換
意識と非意識―注意と自動的動作
高次の意識、そして表象について
意識の理論、意識の特性
自分であること―自己・死・価値
心と身体